一般社団法人のと復耕ラボ

News

お知らせ

10/3 一粒のお米の大切さを感じる、昔ながらの脱穀作業

2026年10月3日、収穫した稲の脱穀作業を行いました。

刈り取った稲から籾(もみ)を外し、選別していく今回の作業。手動の脱穀機と、昔ながらの農具である「唐箕(とうみ)」を使いながら、手を動かして進めました。

まずは、収穫した稲を脱穀機にかけ、穂についている籾を外していきます。その後、唐箕で風を起こし、籾に混ざった藁くずなどをより分けていきました。

道具の働きを確かめながら、自分たちの手で進めていく脱穀と選別。普段、食卓で目にするお米が、こうした工程を経て届けられていることを、作業を通して実感しました。

手を動かしていると、足元に落ちた一粒にも自然と目が向きます。作業の中でこぼれた小さな一粒が、そのままにしておけないものに感じられました。目の前の稲から籾を外し、選別する過程に関わることで、一粒のお米を見る感覚が少しずつ変わっていきます。

種を蒔き、稲が育ち、実った穂を刈り取る。そして、脱穀や選別、籾すり、精米を経て、ようやく私たちが食べるお米になります。今回体験したのは、その長い道のりの一部分です。それでも、実際に手をかけてみると、一粒の向こうにある時間や手間を、これまでより身近に感じることができました。

普段は、炊き上がったご飯を当たり前のように食べています。けれど、その一粒一粒には、田んぼで育った時間があり、収穫し、食べられる状態に整えてきた人の手があります。作業中に足元の一粒が気になったのも、その積み重ねに少し触れることができたからかもしれません。

昔ながらの道具を使うことは、道具の使い方とともに、食べ物に向き合う姿勢を学ぶ機会にもなりました。自分の手を動かし、作業の進み具合を見つめる。その時間の中で、収穫したものをできるだけ無駄にせず、大切に扱いたいという気持ちが自然と生まれます。

この日の作業を終えて思ったのは、「食卓までたどり着いたお米は、一粒も残さず食べよう」ということでした。

いつもの一膳のご飯も、今日の作業を思い返しながら食べると、少し違って見えてきそうです。脱穀を通して感じた一粒の大切さを、日々の食卓でも忘れずにいたい。そんな思いが残る一日となりました。